第3回 CDの音が血となり肉となる

ナマステ〜! Cynthiaです。

前回は、ことばの波についてお話しました。ことばの波に乗ることや、大波って言ってるもののナカミを考えてみたんだけど、「波の上に浮かぶものが見える」と書いたら、同じ体験がある!って言ってくれた人がいました。

こういうの嬉しいよね。このレポートが、みんなの体験の中に起きてることを見つける呼び水になればいいなって思うし、私もみんなの体験を聞いてもっと掘り下げて考えてみたい。

さて今回は、CDの音が血となり肉となる がテーマです。


何度も何度もくり返しCDを聞いていると、自分のカラダに不思議なことが起こってくるよね。
えっ?何も起こらないって?
へへへ、それは絶対量が足りないのです。なんちゃって。

ある年のGWに、関西から大勢の人がロシアにホームステイに行ったのね。
そのころ私はまだロシアに行ったことはなかったんだけど、なんとなくロシア語が好きでよく聞いてたし、空港の場面を大波で歌ってた。

ロシアって何かこう郷愁を誘わない?
パルナスのケーキのCM(関西限定?)とか、NHKの『みんなの歌』でかかってた「一週間」っていう歌も子ども心に「なんで曜日ごとやねん!」ってツッコミ入れたりして好きだったし。

とはいえ、いつも行ってた梅田のファミリーのお父さんメンバー達がイタリアに行くってことで、私の周りはイタリア語の大ブーム。実はそんなにロシア語は飛びかってなかったんだよね。

で、GWが終わり、彼らがドドッと帰ってきての報告会の日。

午前中のワークショップはロシアの話が満載。
次から次へと交流に行った人達が自分のロシアのホームステイを語ってくれて、いろんな角度からの話だったおかげで、行ったことのない私も、まるでまだ肌寒いGWのロシアを体験したかのような気分でした。

中でも当時関西事務所の所長だったYさんは、6才と9才の女の子に手を引かれて一緒に縄跳びしたり、お人形遊びをしたり、まるっきりそこの家の末っ子状態で、「ダー」と言ってはついて行ってたそう。
ふだんはネクタイ締めて挨拶したりしてるYさんが、目をキラキラ輝かせてそれを嬉しそうに話してる姿が、結構かわいかったんだよね〜。

夜の部の報告会では、イタリア組も大勢話したんだけど、Yさんは朝に続いて2回目だったのもあって今度はロシア語でホームステイの話を始めました。

私はロシア語なんて全然わからないけど、朝のワークショップで話を聞いてたから内容はわかるし、ロシア語だけの体験談もすごく面白く聞けたの。
それに朝は日本語で話してたYさんが、その日の夜にはもう全部ロシア語で話してたのにもビックリ感動して、帰るときには妙に興奮してた。

そしたら帰りの車の中で、頭の中にhippoのCDにあるロシア語のフレーズが何の脈絡もなく浮かんでは消え、浮かんでは消え
そのうちにグルグル回りだして口にしないと気持ち悪い状態になってきた。ユンケル黄帝液の高〜いのを飲んで、血液がカーッとなって身体中をかけめぐっているみたいに。

それで浮かんでくるロシア語を、ただ浮かんでくるままに口に出していたら、
「もしかして、私、ロシア語しゃべれるかも」っていう気がしてきたんだよね。
いや、何の根拠もないんだけど(笑)、ただ急にそういうふうに思ったわけ。

しゃべれるかも!ととっさに思ったものの、何をしゃべったらいいのかわからない。
それで、何がしゃべれるんだろうって考えてみたときに、「Yさんのロシアホームステイの話ならできそう」って思った。
ホームステイの情景を思い浮かべながら、Yさんが言ってたようにロシア語で言えばいい。

それで次のhippoに行ったときにやってみた。
Yさんになりきりのロシアホームステイ報告。自己紹介からYさんの名前。家族紹介、ホストの紹介、ロシアでやってきたこと。

自分でもビックリだったけど、「私、ロシア語が話せる!」って実感した。

Yさんの話をロシア語で何度も聞いて、その言い回しを覚えようとしたのでもないし、くり返し聞いて覚えてしまったのでもない。
Yさんが言ってたのとは違う言い方だったかもしれない。
でも私は確かにロシア語でYさんの体験を話した。CDを歌っているのとは何かが違っていた。
でも、頭の中で訳して組み立ててしゃべっているのでもなかった。

いったい私の中に何が起きたんだろう?

それから3ヶ月ほどして、Yさんの奥さんのMちゃんがロシアの同じ家に息子のI君を連れてホームステイに行った。
おんなじ家だけど今度は夏だから生のキュウリとかトマトとか美味しそう。ロシアのママチカや娘たちも元気そうだった。
向こうは私のことなんて全然知らないだろうケド、私にとってはもうすっかりお馴染みの人たちだったから嬉しくなったんだよね。
冬休みにはママチカが娘の1人を連れて日本に来るらしいが、経済的な理由で残されるもう1人の娘が寂しそうにしていたとMちゃんから話を聞いたときは、その子が不憫でしかたなかったよ。

そして家で夕飯を作っていたときのこと、そのロシアの子のことを考えていたら、ふいにその話がロシア語でできそうな気がしてきたんだ。

私、Mちゃんの体験もロシア語で話せる?!

もちろん私の知っているロシア語の単語なんて数えるほどだけど、そのわずかなことばでYさんとMちゃんとロシアの家族のことなら何でも話せる気がした。
知ってるロシア語の単語は少しかもしれないけど、ロシア語の波は私の中に十分あって、それに乗って思いがことばになっていく。
考えたり、用意したりしたものじゃなく、自分の内側からロシア語が出てくる。

すっごい不思議だった。
だって、私はロシアに行ったわけでもなく、ロシア人に会ったわけでもなく、ロシア語をたくさんたくさんもらったわけでもなかったんだからね。

私がYさんやMちゃんからもらったものって何だったんだろう?
嬉しい気持ちとか感動とか、ロシアの情景とか、そういうものなのかな。
そういうものが、私の中にバラバラにあったロシア語の音をシューっと集めてきたみたい。

トラカレで『DNAの冒険』の本を作ってたとき、「牛肉も私の肉もタンパク質。でも牛肉を貼りつけても私の肉にならないのはなぜだろう?」っていうのがあって、面白いなぁって思ってたのね。

確かに牛の肉は、面倒でもちゃんと食べて分解してアミノ酸になって、もう1回タンパク質になって私のDNAをもった細胞にならないと私の肉にはなれないんだよね。

ことばも外から持ってきて貼りつけても、なかなか私のことばにはならなくって、すぐにペロンとはがれ落ちちゃう。
私のことばになるには、1度溶けてしまわなきゃダメなのかなぁ。

赤ちゃんは周りのことばを真似するっていうけど、よーくよーく観察してみると、周りでは絶対誰もしてない言い方とかをすることがあるんだよ。
例えば「好きくない」とか、「(靴を)はきない」「お母さんのさっちゃん」って言ってる子を見たことがある。
もちろんそれはプロセスで、そのうちに「好きじゃない」「はかない」「さっちゃんのお母さん」って言うようになるんだけど、ただ真似をしてるだけだったらこういうことは起こらないはず
日本語がたくさんたくさん取り込まれて、いったん溶けて、新たに創りだしてるみたいなんだよね。

私のロシア語の体験も、きっとこういうことだったんだと思う。

丸ごと真似して自分の中に取り込まれていたCDのロシア語が、Yさんのホームステイの話を聞いて響いて、自分のロシア語として育っていった、のかな?
そのロシア語は、量は多くないかもしれないけど、確かに私のDNAを持ったロシア語だった。
だから、イメージできることは何でも話せるって思えたんだね。

ちょっとコレはすごい発見だったんだ。

    ではまた、 Nos vemos!

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