第4回 大波で話す

你好!我是辛希亜.

前回は、聞いていたCDの音が血となり肉となって自分のことばになる、ということについてお話しました。
自然にことばが浮かんでくるときは、語彙は少なくとも言いたいことは何でも言える感覚なんだよね。暗記して組み立ててから話しているのとは何かが違う。

さて今回のテーマは、大波で話す

第2回のレポートでことばの波の話をしたけど、覚えてる?
フランス語を大波で歌った話です。

ことばを、意味など考えずに歌のように真似ることを、hippoでは ことばを歌う と表現しているけど、聞こえたままに声に出そうとすると、やっぱり歌詞よりもメロディーやリズムの方がベースになってくる。
歌を歌うのに、歌詞だけ暗記して1本調子に声に出しても、それは歌とは言えないよね。
それと同じ。まずはメロディとリズムなのだ。
もちろんハッキリ歌えるところ、歌えないところの濃度差はあって当たり前。
こういう状態を大波で歌うとみんな言ってます。

あるとき、1才半くらいのSちゃんが私に向かって話しかけてきた。
この子はとってもオシャベリで、1日中何かしゃべっているんだけれど、何を言ってるのかよくわからない。(苦笑)
ずーっと歌っているような感じ。歌っているのはわかるけど歌詞は聞き取れないって雰囲気かな。

で、そのSちゃん、私に向かって「○○×△*★○○□△**☆○?」と言ってきた。
全くわからないし、きっとでたらめな赤ちゃん語だと思った私は、適当に「ふ〜ん、そうなの」と答えたら、Sちゃん、少し怒ってもう1度全く同じように「○○×△*★○○□△**☆○?」と繰り返した。
全く同じということは、あながちでたらめにしゃべってるのではなさそうだ。

よく見てみるとSちゃんは、いわゆる日本語の単語らしいものはほとんど話さないけれど、周りの人とは見事にコミュニケーションがとれている。
大人の言うことは大体理解しているし、自分も思いっきり長い文章のようなものをしゃべりながら、周りの人に伝えていっている。
まるで大波で話しているとでも言えばいいのか。
でも単語らしい単語を言わないので、一才半検診のときには「ことばが遅い」「何か問題があるかも」と検査を受けるようにすすめられたそうだ。
もっとも彼女のコミュニケーション能力全体を見ているお母さんは、「うちの子は心配ありません!」と丁寧にお断りしたそうだけど。

そんなSちゃんも、(お母さんの予想通り)またたく間にはっきりとしたことばで話しだした。それはまるで、知っているメロディの上に、すっと歌詞を乗せていったようだった


実は大人も、自然習得の道筋の中では同じことをしている。

アメリカから研修に来ていたJ君。
日本語は勉強したことなかったけど、ホームステイをしながらhippoの事務所で研修していたの。地域のhippoにも出かけては、みんなといろんなことばで歌っていたので、日本語もみるみる上達。

ある日のこと、知り合いと山登りにでかけたJ君は、調子にのって崖の上に登ったものの降りられなくなってしまった。
崖にしがみつきながら下の人に助けを求めようと思ったとき、J君はその日本語を知らないことに気づいた。
「降りる」は知っていたけれど「降ろす」は知らなかったんだ。

で、J君はどうしたか?

下の人に向かって、「すみません。〜〜〜てください。」 と大波で助けを求めたんだって。

日本の人だったら、この状況だもの、J君が「降ろしてください」と言いたがってるというのはわかるよね。
単語は知らなくても、お願いするときの雰囲気を知っていたJ君の口からは、自然にそのメロディがでてきてことなきを得たのでした。


今年の夏、イタリアに2週間のホームステイに行ったとき、私がやっていたのも同じことだったと思う。

イタリアに行くのは生まれて初めて。
ナマ(?)のイタリア人と話した経験もほとんどなく、とにかく物語CDをひたすら聞いて、みんなと歌っていざ出発、ホームステイに入った。
そこは丸っきりのイタリア語の世界。

ホームステイに来た人が何を考えてるのかわからない、というのはホストにとってはとても疲れることなので、とにかく思ったこと、感じたことは何でもことばにしていこうと決心をしていたけれど、イタリア語を全く勉強したこともないし、辞書も指差し帳も何にも持たない丸腰。

「一体どうやってイタリア語で話す?」
ということは考えてもしかたないので考えないことにした。

手持ちのものが何にもない時、人はどうするかというと、もうとにかく相手を見る、そして聞く状況を見る
目も耳も心も全開にして、全神経で判断していくしかないわけ。
そしてあとは、周りの人のやるようにやり、話しているように話す。

まぁ、一言で言えば真似をするんだけど、現地の人のことばを真似るって、一般的には難しいことだと思うのね。
だってネイティブの日常会話ですよ。
外国人日本語学習のレベルで言うと中上級のリスニング教材に出てくるようなものです。
だから語学を勉強してる人でも現地に行くと、大体が速いとか発音が難しいとか訛りがあるとかで「聞き取れない」ってよく言うよね。

それをいきなり真似するんですね〜
というか、それしかできないんですよね。単語も文法も知らないし。

最初の2,3日は、短い音しか真似できないんだけど、しばらくするとイタリア語の波の上に自分が浮かんで漂っている感じになってきて、ちょっと長めのフレーズのメロディも覚えられるようになってくるの。
そのときのコツっていうのが、細かい音の違いよりも全体の音の輪郭(メロディライン)をとっていくことだなぁって思った。
そしてそのメロディラインには、パターンがあるんだよね。
数を聞くときは、最初にこういう音のかたまりがあってその後こう続く。
相手の意向を聞きたいときには、こういう音の流れ。

きっとこのメロディラインのパターンのことを、構文とか言ってるんだと思う。
間に入る音(名詞や動詞など)は変わるけど、全体のパターンが同じものに何度も出会うと、自然と自分でも言えるようになっている。

つまり、はじめに文法ありきではないんだ。メロディの中に構文や文法は含まれているってわけ。だから長いメロディラインが記憶に残るようになると、自然に複雑な構文も言えるようになっていくんだね。

で、その長いメロディラインというのは、短いメロディの組み合わせやくり返しだから、丸ごとをいつも歌っている間に、いつの間にかメロディのパターンというのが身体の中に何種類も入ってきているんだと思う。

私は今回初めてイタリアに行ったけれど、意識されない部分にイタリア語のメロディのパターンを何種類も持っていたのかな

とにかく真似をしながら、どんどんゲットしていった。
もちろんいきなり完璧に真似なんてできないから、大波で真似ることは日常茶飯事。
だけどホストも、そんな私のイタリア語を何とかわかろうとしてくれたし、状況の中で想像してくれた。


ある時、スーパーのレジで聞かれたことがわからなくて、後でホストに会ったときにレジの人が言っていたフレーズを再現してみたんだけど、あんまりハッキリ覚えていなくて、これがすごい大波。
「アイラ 〜〜レ」って2、3度抑揚を真似して言うと、ホストが、あぁわかったという顔をして、「Ai la tessere?(ポイントカードはお持ちですか)」とイタリア語で言ってくれた。
私の大波のイタリア語が通じたことにホントに驚いたし、やっぱり話すときも大波で話していって大丈夫なんだと思ったら嬉しかったよ。

そしてホストが言い直してくれたそのイタリア語は、私の大波のメロディラインの上にスッと乗って、何の苦労もなく心地よく記憶されていったんだよね。
だからイタリアではことばに苦労することは全くなかったのです。

    それではまた次回をお楽しみに、 再見♪